【実録】ニキビの次は「毛穴」の絶望。ファンデが落ちる鏡の前で泣きたくなったあの日

10代から続くニキビの悩み。大人になれば解放されると信じていたのに、20代・30代の私を待っていたのは、ニキビに追い打ちをかけるような**「毛穴の目立ち」**という新たな壁でした。

「今日はニキビがないから大丈夫」と思いたいのに、鏡を見ると真っ先に毛穴に目がいく。 今回は、ニキビとはまた違う、毛穴という「出口の見えない悩み」に振り回されていた頃の正直な気持ちを綴ります。


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ニキビがなくても「肌が汚い」と感じる違和感

それまでは「ニキビさえ治れば、私の肌は完璧になるはず」と思っていました。しかし、いざニキビが落ち着いている日でも、どうしても自分の肌が好きになれなかったのです。

  • 肌の表面がなんだかボコボコして見える
  • 光の下で見ると、ポツポツと影がある

「ニキビはないのに、なぜこんなに清潔感がないように見えるんだろう」 その正体が「毛穴」だと気づいた時、悩みの矛先がどこに向かえばいいのか分からず、ただ漠然とした不安だけが募っていきました。

一番のストレスは「ファンデーションの毛穴落ち」

当時の私が最も恐れていたのは、外出先の鏡でした。 朝、念入りにメイクで隠したはずなのに、お昼休みに鏡を見るとそこには残酷な現実が。

  • 毛穴の中にファンデーションが白く溜まっている
  • 隠そうと塗り重ねるほど、かえって凹凸が際立つ

「綺麗に見せたくてメイクをしているのに、していない時より汚く見える」 そんな矛盾が悲しくて、ふとした瞬間に自分の顔が目に入るたびに、どっと疲れが押し寄せてくる。そんな毎日を過ごしていました。

私が求めていたのは「特別」ではなく「普通の肌」

今振り返って思うのは、私が望んでいたのはモデルさんのような陶器肌ではなかったということです。

私がただ、喉から手が出るほど欲しかったのは、

  • 至近距離で人と話しても、肌のことが気にならない
  • 「健康そうだな」と自分で思えるくらいの清潔感

そんな、**「自分に自信を持たせてくれる『普通の肌』」**になりたかっただけなのです。 それなのに、その「普通」が自分には一番遠い場所にある気がして、人と接する時もどこか卑屈になってしまっていました。

ニキビと毛穴、悩みの性質の違い

私はこの頃、ニキビと毛穴という2つの悩みの「向き合い方の違い」に気づき始めました。

  • ニキビ: 「できる」「治る」という波があり、変化が分かりやすい。
  • 毛穴: 24時間365日そこにあり、「治った!」という明確なゴールが見えにくい。

この「ずっとそこにあり続ける悩み」が、じわじわと私の自己肯定感を削っていきました。毛穴が気になり始めてから、私はより一層、スキンケアに対して「正解」を必死に求めるようになっていったのです。


まとめ:悩みの種類が変わったのは、肌と向き合い始めた証

ニキビに加えて毛穴が気になり始めたこの時期は、私にとって「悩みが増えた」というより、**「自分の肌をより細かく、真剣に見つめ始めた時期」**だったのだと、今は思います。

「安心して人と向き合える肌でいたい」 その切実な思いが、今の私のスキンケアの原点になっています。

この後、私は40代を目前にしてさらなる変化を経験することになります。そのお話は、また次の記事で書いていきたいと思います。

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